『笑うピラミッド』　十歳


　こんな夢を見た。


　とにかく組み体操の好きな先生だった。
　ある日、先生はクラス全員による巨大なピラミッドを作らせた。
　最下段で八人が床に膝と肘をつき、猫のようにうずくまった。その上に七人が乗り、今度は肘をつかないよう、四つんばいになった。そのまた上に六人が乗った。そしてさらに五人、また四人と重なった。
　私は、最下段の真中にいた。男女の区別はない。ついでながら、体格も関係ないらしい。
　そのとき、先生がどなった。
「おい、底辺のやつ、動くな」
　その言葉で気がついた。自分は、底辺にはいつくばる人間なのだ。
　背中が痛い。その圧迫が胸やお腹にまで来る。苦しい。吐き気がする。もう何段積み重なっただろう。自分が底辺なら、上層部は、さらに頂点は誰だ。見上げることもできなかった。
　はるか上空から、先生の声が聞こえた。
「動くなよ」
　頂点は、あの人か。一番偉いのは、あの人か。
　私は、両隣にかがんでいる同級生達を見た。ふたりとも、顔を伏せている。
　それにしても、背中が痛い。肩が痛い。胸が痛い。腹が痛い。ムカムカする。我ながら、よくこんなくだらない真似をしているな。しかも、みんな揃って大真面目に。
　突然、何やら心臓がカユくなった。おまけに、胃袋がムズムズする。ほっぺたがぴくぴくと震えた。こらえるのもめんどうだ。
　私は、体育館じゅうに響き渡る声で、笑いだした。何がおかしいか、そんなことはわからない。とにかくおかしい、笑いたいから笑うのだ。
　ピラミッドの頂点に立つのは、そうしたいからだろう。それはそれでいい。したがって、私がこの場で大バカ笑いするのも勝手である。しかし、こんな理屈は、たぶん頂点の人には、わからないだろう。そう考えると、ますますおかしくなった。そいつがまるで、トカゲの木登りのごとく、最上段までのそのそよじ登ったのを想像するだにおかしい。
　気がつくと、最下段の連中は、みんな大口開けて笑っていた。その公明正大ぶりが、なおいっそう滑稽さをかもし出す。二段目の連中も、笑い出したらしい。やがて三段目にも、哄笑の渦は感染していった。
　しかし、そう長いあいだ笑ってはいられなかった。底辺が笑い崩れたピラミッドなんて、脆いものである。
　上層部および、頂点がどんなめにあったかは、知らない。何しろ、笑うのに忙しくて、見ている暇がなかったのだ。

《了》