『ランドセルの涙』　十二歳

こんな夢を見た。

　小学校を卒業した。うれしかった。
　卒業式の日、抱き合って泣いている同級生たちがいたが、そんな気が知れない。
　教員も同級生も、みんな私を嫌っていた。教室も廊下も、体育館も玄関も、学校じゅうの物ことごとくが、私を蔑んでいた。そして、私も彼らを憎んだ。
　もう、そんなところへ二度と行かなくていいのだ。教科書、ノート、上靴、給食袋、体育帽、ジャージ、みんな捨てた。小学校に関係のある物は、ことごとく消えてなくなればいいのだ。
　それらは、おとなしく消えていった。
　にもかかわらず、確かに捨てたはずのランドセルだけは、机の上にすわっていた。涙をぼろぼろこぼしている。そして、泣きながら私を追いかけてきた。何も言わない。ただ泣いている。ビー玉のような涙が飛び散る。
　どこかで見たような顔だ。あれは私だ。さんざん泣いた小学生時代の私だ。　
　革製の赤いランドセルは、祖父が買ってくれたものだった。入学前は、背負ったりおろしたり、ふたを開けたり閉じたり、枕元に置いて寝たりもした。なんでも入る自分だけのランドセルだった。
　そのランドセルが追いかけてくる。脚がないのに、必死で追いかけてくる。
「ごめんね、ごめんね。許して、ゆるして」
　私は、逃げながら叫んだ。
「私はもう小学生じゃないの。戻りたくないの。あんな時代に」
　そう発声したとたん、ランドセルが目の前にいた。私は、それを乱暴につかむなり、焼却炉へ放りこんだ。炎に包まれて、ランドセルの赤は見えなくなった。
　私の目から、涙があふれ出た。

《了》