『雪』　十七歳


　こんな夢を見た。

　ぼたん雪が降る。しずしずと降るその音が、異様に耳につく。
　校舎の窓から、明かりが漏れている。真夜中だというのに、やつはまだ学校にいる。私はそれを確信しているからこそ、来たのだ。
　小学校の靴箱は、背が低い。見覚えのある廊下、壁の色があった。あの当時、毎日嗅いだ匂いも残っていた。
　しかし、思い出に浸るつもりなどない。雪を踏むようにゆっくりと階段を昇った。
　六年三組は、四階の端である。
　そいつは、ひとり教卓に向かっていた。残業か。いや、そんなことはどうだっていいのだ。
　私は教室に入った。そして、いつのまにか握り締めていたナイフで、そいつを刺した。
　深く考えなかったが、まず顔をやった。ちょうどいい、こいつは、私が不器量だと皆の前でさんざん嘲ったのだ。
　目玉を抉り出して串刺しにする。ちょうどいい、こいつは私の目が細いと言って、大衆の面前で笑いものにしたのだ。
　胸を刺す。ちょうどいい、こいつは六年生だった私の胸が大きすぎるだのなんだのと、汚らわしい卑猥なことを言ったのだ。
　頭をメロンのように切り、脳みそを穿り出す。ちょうどいい、こいつは方程式が理解できない奴は、脳みそが腐っていると言ったのだ。
　腹を刺す。ちょうどいい、こいつは世界一腹黒いのだ。貧しい家庭の生徒を率先して貶め辱め、そのくせ他の教員達の前では、ご清潔な坊っちゃんぶっていたのだ。
　これだけ刺したのに、まだ生きている。よく生きているな。
「目立たない奴はどうでもいい」
「歌の下手な奴は、引っ込んでいろ」
「ピアノを弾けない奴は、カスだ」
「勉強できない奴は、虫けらだ」
「コンクールで入賞できない奴は、恥さらしだ」
「ドッジボールの下手な奴は邪魔だ」
「ソフトボールできない奴は生きている価値がない」
「ブスは死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
　おまえが死ね。私に「死ね」と言い続けたおまえが死ね。
　なん十回、なん百回と振り上げたナイフの切れ味は、ますます冴える。すでに死体は原形をとどめていない。ネバネバべとべとした肉の塊である。
　どこから出てきたのか、女教員が廊下の向こうからやってくる。やがて気づくだろう、この残骸に。食いたきゃ食っていいよ、そのつくねの山。
　女センセイは知らないだろうけど、あいつ、あんたのこともさんざん口汚く言ってたんだよ。あの売れ残りオバンの顔見たら、吐き気がするとかなんとか。しかも、生徒達の前でね。そして、生徒らと一緒に楽しく笑っていたんだ。
　そんな奴でも、惜しみたきゃ惜しみなよ。泣きたきゃ泣いてやんなよ。
　私は、唇の端をゆがめて笑い、屋上へ向かった。
　屋上は広い。さっきまでおとなしく降っていた雪が、荒れ狂っている。紺色の空に雪どもが舞い飛ぶ。
　私は、声をたてて笑った。
　私は雪女。長い黒髪に白いドレスの雪女。
　おまえがいいだけ侮辱した髪がこれだ。山ん婆だと言って引きまわした、ぐちゃぐちゃの短い髪がこれだ。見るがいい。吹雪が遊ぶこの漆黒の髪を。純白のドレスは絶対に似合わないと、おまえが決めつけた貧しい子供が私だ。見るがいい。雪よりも白く、氷よりも冷たいこの私を。
　私は笑いつづけた。
　雪空は、ますます濃くなっていった。

《了》