ラフとミカとガブ


――神殿の見える庭にて

　乙女マリアを呼びとめ、神の子の御宿りを告げる大天使ガブリエル。左手に白百合を携えている。少し離れたところで、同じく大天使ミカエル、ラファエルが様子を見守っている。

ミカエル　「大丈夫かな。ガブリエルのやつ、けっこうアガり性だからな」
ラファエル「心配すんなって。マリアとかいうあのネエちゃんだって、ぶち緊張し
　　　　　　まくってるぜ。お互い様ってやつさ」
ミカエル　「どうでもいいけど、おまえ口が悪いな」
ラファエル「気にすんな。生まれつきなんだ」
ミカエル　「お告げの役がガブリエルでよかったよ。おまえが行けば、マリアは怖
　　　　　　がるだろうからな」
ラファエル「ゲバーッ、やめてくれぇ。なにが悲しくて百合なんぞ持って歩かにゃ
　　　　　　ならねえんだよ」
ミカエル　「百合が似合うのは、やっぱりガブリエルだしな・・・」
ラファエル「おっ、目つきが変わったな。ふんじゃあ、ミカとガブに捧げる妙なる
　　　　　　愛のテーマをラファエル・エンジェルのチャンバラじゃねえ、チェン
　　　　　　バロで奏でっとすっか」
ミカエル　「くだらん。なにばかなことを言ってるんだ」
ラファエル「我が愛しの君は、清らなる白百合の花を持てり。そは馥郁たる君の翼
　　　　　　にも似て・・・」
ミカエル　「言っとくがな、わたしとガブリエルはそういう関係では・・・」
ラファエル「そうムキになるな。忍ぶれど色に出でにけり我が恋は・・・」
ミカエル　「なんだ、そりゃ」
ラファエル「960年ばかし後に、どっかの国でこんな歌が作られるんだと」
ミカエル　「そんなわけのわからん情報を、いったいどこで仕入れてくるんだ」
ラファエル「うるせーなあ、細けぇことをごちゃごちゃ考えてっると、羽根が抜け
　　　　　　ちまうぜ」
ミカエル　「うるせーとはなんだ、うるせーとは」
ラファエル「ほんじゃ、じゃかぁっしゃい！」
ミカエル　「だから、その口の悪さは何とかならんのか」
ラファエル「めんどくせえなあ。ガタガタうるせーんだよ、さっきから」
ミカエル　「ガタガタとはなんだ、ひとを貧乏ゆすりみたいに」
ラファエル「ほー。おまえ、いつからヒトになったんだ」
ガブリエル「終ったよ」
ミカエル　「こいつ、揚げ足ばかり取りやがって」
ラファエル「足のひとつやふたつ、取ったってかまわねえだろがよ。翼があんだか
　　　　　　ら」
ガブリエル「ねえ、ちょっと」
ラファエル「うるせえってんだよ。お、ガブ公か。今な、ミカの野郎がどっかの天
　　　　　　使をたらしこんだってぇ話をしてたんだ」
ミカエル　「な、なんてことを言うんだっ」
ガブリエル「えっ、本当なの。ひ、ひどいっ、ミカエル。ひどいじゃないか。ぼく
　　　　　　というものがありながら、いったいどこの天使と・・・」
ミカエル　「ち、違う。誤解だ、誤解だというのに」
ラファエル「百合の花のごとき、かの君はいまいずこ・・・」
ミカエル　「ラファエル、おまえな〜」
ラファエル「そーいや、おまえ、さっきガブ公とはなんの関係もないとか言ってた
　　　　　　っけな」
ミカエル　「いや、あれはただ・・・」
ガブリエル「ひどいや、ひどいやっ。ぼくが働いているときに、裏切るなんて！　
　　　　　　愛してるって言ったくせに。二人きりで、いろいろなこともしたのに
　　　　　　・・・」
ラファエル「ほほう、そんなにイロイロとおやりになったと。そりゃ良くないです
　　　　　　ねい、ミカエル君」
ミカエル　「きっさま〜、いったいなんの恨みがあるってんだよ」
ラファエル「おおっ、ミカエル爆弾発射」
ガブリエル「くやしぃ〜！　こうしてやるぅ〜〜」
ミカエル　「痛いっ、こら、やめなさい、うわっ、羽根をむしるんじゃないっ。落
　　　　　　ちつけ、ガブリエル。落ちつけったら！」
ガブリエル「ばかばかばか、ミカエルのばかぁ〜。うわーん！」
ミカエル　「わーっ、誤解だ、誤解だといゅーのに！　おい、ラファエル、見てな
　　　　　　いで、おれを助けろぉ！」
声　　　　「なにをしておる」
ミカエル　「見りゃーわかるだろ！　あ、主よ・・・」
声　　　　「おまえ達それぞれに、次の使命が用意してあるのだ。早々に戻りなさ
　　　　　　い」

　三人の天使、大慌てで飛び立ち、遥か上空に消える。
　ひとり残ったマリア、心ゆくまで笑い転げる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　《終》　　　　　　　　　　

フィレンツェ、ピッティ美術館
　アンドレア・デル・サルト『受胎告知』　より