マグダラのマリアちゃん

　三日前、イエスが埋葬された墓の前にて。墓石がよけられ、イエスの遺体も見当たらない。これを発見したマグダラのマリア、悲しみに泣き伏す。

声　　「マーリアちゃん」
マリア「？だあれ？」

　振り向いたマリア、にこやかに立つイエスを見つける。

マリア「先生！」
イエス「どうして泣いているんだい。私はここにいるのに」
マリア「ああ、先生。再び先生にお目にかかれるなんて」
イエス「私に触れてはいけないよ。まだ父なる神に・・・」

　マリア、聞かず、いきなりイエスに飛びつく。

マリア「せんせぇ―っ。ああ、せんせぇ〜〜っ！」
イエス「こ、これ。私はまだ、父なる神に挨拶を・・・」

　マリア、聞いていない。

マリア「せんせぇ〜っ、会いたかったよぉ〜。わたし、ずーっと先生の
　　　　ことばっかり考えてぇ〜・・・、うわぁーん！」
イエス「そ、そうかい。よしよし、もう泣くんじゃない。安心して放し
　　　　・・・ムギュ！」
マリア「せーんせったらぁ、もう久しぶりに会ったというのに、冷たい
　　　　んだからぁ」
イエス「そういうわけではない。私の身体は、まだ天上へ昇って・・・
　　　　これ、マリア、放しなさい。放しなさいといゅーのに」

　マリア、力任せにイエスを押し倒す。

イエス「なにをするっ。こ、これっ、私はこれから父なる神に・・・フ
　　　　ンガ！」

　マリア、聞いていない。

マリア「かわいそーに、先生ってば、こんなに弱々しくなっちゃって。
　　　　やっぱり十字架でのご受難が・・・。ああ、おいたわしい」
イエス「んぐぐぐ・・・そ、そなた、いつの間にこんな腕力を蓄えたの
　　　　だ」
マリア「いやーだ、もとからですよーぅ。先生に出会う前からずっと。
　　　　女の一人暮しは、何かと物騒ですからね、身体を鍛えぬいて、
　　　　痴漢が出てきたら撃退しなくっちゃあ。ほら」

　マリア、袖をまくって筋肉の盛りあがった腕を見せる。

イエス「そ、そーか。それは何よりだ。だが、私は痴漢ではな・・・」
マリア「やーだ、先生ったらあ、わかってますわよぉ！　私の敬愛する
　　　　ステキなせ・ん・せ・い」
イエス「モガ、フガ、はにゃせ〜」
マリア「ひどいわぁ、わたしがこんなに親愛をこめているのに、
　　　　抵抗なさるなんて」
イエス「そーいゅー問題では・・・ふんぎぃ〜っ！」
マリア「もうっ、あんまりイジワルすると、こうしちゃうんだからっ」
イエス「ぶぎゃあぁぁぁ！　死ぬぅぅぅぅ！」

　イエス、マリアの腕の中で、動かなくなる。

マリア「あっ、先生。どうしたんですか、先生。ねえ、起きてください
　　　　ってば。先生」

　大天使ミカエルとガブリエル、苦笑しながら降りてくる。
　ミカエル、イエスの身体を支えつつ天へ昇る。ガブリエル、マリアに告げる。

ガブリエル「そなたの先生は、受難から三日目にして甦られたのだ。こ
　　　　　　れから、天なる神の御許へ昇られる。さあ、弟子達にそう
　　　　　　伝えに行きなさい」

　マリア、慌てふためき、街中へ向かって走り去る。

《終》

　ナショナル・ギャラリー（ロンドン）
ティツィアーノ『我に触れるな』より