猫 　老婆がいた。身寄りがないわけでもなかったが、一人で暮らしていた。 　老婆には、一匹の三毛猫がいた。もう何年一緒に暮らしているのか、思い出せない。たしかほんの子供の頃、一緒に近所の原っぱで遊んだ記憶がある。何年前のことか思い出せず、またどうでもよかった。 　老婆は、寝ていた。窓の外に見えるのが桜の花なのか、雪をつけた枝なのかも、もうわからない。 「見苦しい死に姿を人目にさらされるのは嫌だ。でも、おまえを残して死ぬのは、もっと心配だよ」 　老婆は、枯れ枝のようになった腕を伸ばして、猫をなでようとした。しかし、硬くなった筋肉は、思うように動かない。猫は、老婆の蒲団にもぐりこみ、その冷えた胸に寄り添った。 「おまえがいてくれてよかった。ありがとうよ」 　猫の、ゴロゴロと喉を鳴らす音を聞きながら、老婆は目を閉じた。 　夜更け、老婆の姿は蒲団になかった。 　そばで、猫がなにやら硬そうなものを食べていた。何時間もかけて丁寧に食べていた。そして、最後に残った丸い物を抱えこみ、ごろんと横たわった。べろんべろりと舐め、喉を鳴らした。 　明け方、そこにはもうなんの姿もなかった。猫がどこへ行ったのかは、誰も知らない。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　《終》